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列車の中でスイス人女性と知り合いになる。ナホトカ港に到着。      ヨーロッパ一人旅↑    旧レーニングラード到着、市内観光


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No.5 ■はじめてだった、ヨーロッパ(モスクワ編)ひとり旅■


      

                                   19xx年6月28日(金)晴れ

■上空で

日本時間ならばそろそろ床に就いてもう休む頃、飛行機は相変わらずモスク ワへ向けて飛行し続けていた。窓外を見るといつも明るい。

 暗くならないので寝る時間を端折ってしまったような気持ちになっていた。 何時になったら寝ればよいのか?

太陽は沈まない。今まで何十年と地に足が付いていた、そんな地上からは遥 かに離れた上空、飛行機の中に閉じ込められていたヒロにはそんな事実が確認 出来ていた。何時終わるとも知れない、あなた任せの旅が続いていた。座席に 長いこと腰掛けたまま、この身は恰も荷物の如く運ばれて行くのであった。

 モスクワ郊外の飛行場に到着。バスでモスクワ市内へと向かった。


■一人、モスクワの中心で

我々、日本からの団体観光客達は市内、「赤の広場」に近いメトロポールホ テルに収まった。自分の心の中を覗いて見ると、ホテルからちょっと抜け出て、 見知らぬ街の中、ちょっと冒険でもしてみようかという、そんな思いに突き動 かされる。初めての外国の街。心がじっとしていない、踊るというのか。

早々、ヒロはホテルから一人で出て来た。モスクワの街、その辺を散歩気分 で歩き始めた。何処か特別の場所へ行って見たいといった目的意識があった訳 でもなく、ぶらつきながら街の雰囲気を感じ取ろうとしていた。日本人には誰 一人として会わなかった。腕時計に目をやると午後8時45分。まだまだ、外 は明るい。

ワシリー寺院の前に立った。あの例の、タマネギが見える。これがそうなの か! 別にここ来たいと思った訳ではなかった。が、今、ヒロはモスクワの赤 の広場、この寺院の前に立っているのだ。

確かに立っていた。でも、まだ現実感がない。昔、写真でしか見たことがな かった。ここが石畳の広場なのだ。ここは確かに「赤の広場」と言われている 所なのだ、ヒロは今、ここに来ている、ヒロは今、現実にここに来て立ってい る、と。自分を納得させようとしていたようだっ た。

人々が通り過ぎて行く。皆んな見知らぬ人たちだ。この世界に、この場所に ヒロは今、思えばこうして立っている。モスクワ市民は仕事を終えて家路へと 帰って行くところなのだろうか。ヒロは単なる一観光客。場違い的を自認して いる。ちぐはぐな思い。

一人で歩いていたら、一人のロシア人が近寄って来た。ヒロに何かを訊くの だ。金を恵ってくれ、とでも言ったのか。が、訊く人を間違えたようだ。実際 何を訊かれたのか全然分からなかった。ロシア語が理解出来て話せたらならば 良かったのに、とここでも思った。それともそのロシア人はそんな風に装って 、、、もしかして、秘密・・・、何と言ったか、そうそうKGBの関係者の一 人だったのかな? 外国人が一人きりで歩いているので不審に思ったのかな? ちょっと引っ掛けてみようということだったのかな。

路上を一人で歩きながらも、誰かが多分、どこかで監視しているのではなか ろうかといった、そんな空気を感じている自分ではあったが、ヒロは全然怖い とも感じなかった。共産国内、モスクワの街を一人で歩いている奴とは、ヒロ のことではあったが、奴は何をしているのか、スパイ活動でもしているのか、 そんな風に思う人がいてもそれはその思う人の自由だ。別に大したことをして いたわけでもなかった。ヒロは日本からの単なるお上りさんに過ぎなかった。 見ればわかるだろう。

夕方の街は車が少ない所為か、それとも、もともと車が少ないのか、静かだ。 いや、広場には駐車できないようになっていたのかもしれない。日本の街の喧 騒が耳に残っているので、つい比較してしまう。人々も大声を出す人が少ない。

モスクワの夜は更けて行く。

恋人たち、友人たちなのであろうか。皆それぞれ、夜の街を歩きながら話し、 楽しんでいるようだ。どこへと行くのだろう。

お水(ロシア語でバーダ)を売っている自動販売機があった。偶々故障してし まったらしく、後ろで自分の番を待っていたロシア人の女の子、そして瓶を持っ たおっさんと、水を飲まずに行ってしまった。午後10時15分であった。

気がつくと、モスクワの空の下は暗くなっていた。

迷子になったら大変だ。真っ暗にならないうちにホテルへと戻って行った。

自分の部屋。ボート風の風呂に入る。これが噂に聞く、西洋風の湯船というや つだな。寝転がるように仰向けにお湯の中に全身を漬からせる。使い終わったら 栓を抜いて、全部お湯を流してしまう。水の無駄使いと思われないこともなかっ た。

テレビをちょっとだけ見た。今日は疲れた。ベッドの上に横たわった。何時に 寝付いたかは覚えていない。真夜中の零時を過ぎていたかも知 らない。

 


                                           19xx年6月29日(土)晴れ

■ モスクワ市内見物

朝、8時の起床。

 午前中、イーナさんの案内で、モスクワ市内観光。バスから降りる。モスクワ 市建設者の銅像、またナポレオン戦争で戦死した人々が葬っ てある寺院内を歩く。ピョートル皇帝の第二夫人の住居。

モスクワ大学へとやってきた。ヒロはその建物の中へと日本の学生証を持って 入って行った。

モスクワ川を見下ろせる場所へとバスは移動。まあ、素晴らしいモスクワ市内 の眺めと言えようか。そう言ってもらいからここまで連れてきてくれたのかもし れないし、モスクワ市内、名所旧跡全部を短い時間では回りきることは到底不可 能なので、象徴的にもモスクワ全部を観光したということでモスクワ市の眺望を 提供してくれたのだろう。

良い天気である。寧ろちょっと暑いくらいだ。ヒロはイーナさんと極力、英語 で話す機会を持とうする。ヒロに負けじとグループのリーダーも、そして歴史に 関心があるという大学生も彼女に話し掛ける。自ずと話し掛ける人は限られてし まったようだ。

午後、経済博覧会とでも言える場所へと行く。ソ連製月ロケットの模型が展示 されていた。また宇宙科学に関する資料等も展示されていた。

外から見ると円筒のようになった建物の中へと入って行った。自分の前後左右、 360度の画面に映画が映し出されていた。我々外国人観光客達がわんさと入っ て来ている。映画はどこから見ようとも自由である。道を車で走っている画面が あったり、凍り付いた海面を進んで行く船の画面。前面に目を転じると、そうし た前進して映像が流れている。と、後ろを振り返って、自分の背後に画面に今度 は目を転じてみると、ちょうど車が通って来た道が後方へ、後方へと遠ざかる映 像が見える。


■ モスクワ地下鉄に“試乗”

ホテルでの夕食までの自由時間―― 我々数人一緒になってモスクワの地下鉄に 乗ってみた。可愛いロシア人の女の子を目敏く見つけて、わざわざその子の横に腰 掛けて、道案内を頼む。大きなモスクワの地図を広げて、今、どこにいるのか、ど の方向に走っているのか。ロシア語での返答は十分に理解出来なかったが、分かっ たような気分になっている、日本からやってきたお上りさん達。四、五駅を通過し た後、元の場所に戻ってくる。料金は5カペイカであった。


■ 睡魔には勝てそうもない、でも、、、、

夕食後の自由時間――ロビーでテレビを見たり、見なかったり、慣れぬ外国での 一日、疲れてしまったのか、目もしょぼしょぼ。眠気に襲われ勝てそうもなかった ヒロもそれでは、とソファーの上、横になりたかったが、これはどうもそう簡単に は出来ぬ相談だった。やはり眠気に襲われ、それに負けてしまった仲間の一人、既 に横になって眠ってしまっていた彼。「ホテル内、ここは公共の場所だすよ、あん た、分かってないの、うん? 起きなさい! 起きなさいってば!」ということだ ったのか、強引、問答無用だ、寝ている人の迷惑など関係ないといった風だ、ホテ ルに雇われている、太った、怖そうなおばさんにその太い両腕でしっかりと揺り起 こされてしまった。

 

■ レーニングラード行き列車

その夜、レーニングラードへと向かうことになる列車に乗るためにバスで駅まで 送られる。我々の列車が到着するのまでの待ち時間、我々と若干言葉を交わしたイ ーナさん、我々が乗り込んだ列車の中まで一緒に乗り込んで来たのでちょっと驚い た。あれっ、別れが惜しくて我々と一緒に乗って行くのかな、とつい思ってしまっ たヒロではあったが、彼女は我々一人一人と丁寧に握手を交していた。ロシアの若 い、知的な女性と握手が出来ることに何かロマンチックな思いを抱いてしまったヒ ロでもあった。 彼女が車外へと出て行ったのを見計らっていたかの如く、列車は ゆっくりと動きだし、暫くしてヒロはベッドに横たわる。またも夜行列車の中だ。

 

 

 

 

 

 

列車の中でスイス人女性と知り合いになる。ナホトカ港に到着。      ヨーロッパ一人旅↑    旧レーニングラード到着、市内観光