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オーストリアからのメール 

モルフィカ 北欧からの家具

あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

働けど働けど ヨーロッパひとり旅 ↑ 食事室で英文学を読む 

No.44■はじめてだった、ヨーロッパ(スウェーデン編)ひとり旅■  

 

19xx年11月4日(月)曇り、雪

 

翌日、日曜日。ヒロはその日の仕事を開始したばかりで、口笛を吹きながら、洗い物の仕事 に従事している。

午前10時、ノルウェー娘だけが早々と出勤していた。彼女は他の女の子たちも来ているものと思っていたらしい。ところが自分ひとりだけ。

ガラスのドア越し、向こうの方に彼女の立ち姿がこちらからはぼんやりと見える。彼女も口笛を吹いている。オレの真似か、とヒロ。自分の存在をヒロに知らしめようとしているのか。わたしたちは同じ仕事場で一緒に働いているのよね。口笛で意思疎通という積りか。お互いに今日も元気に頑張りましょう、と口笛を吹き合ってもいる。

彼女は椅子に腰掛け、タバコでも吸って落ち着いて待っているということが性に合わないらしい。でも仕事を自分ひとりで始めてしまうにはまだ時間的に早すぎる。だからといって腰掛けている気分でもないらしい。

彼女はヒロの横を行ったり来たり、自分が今ここに来ているということを知って貰いたいといったふうである。ヒロは黙ったまま自分の仕事を続けていた。

 

彼女、出勤して来たとき、ヒロの横を黙ったまま、恰もヒロの存在に気付いていないかのごとく、顔を正面にきっと向けたまま中へと入って行った。

われわれの関係とはそんなものなのか? 彼女のそんな冷ややかなポーズにヒロは失望を味わい、ヒロのこころは閉ざされてしまう。彼女からの、朝の挨拶の声を期待した、希望した。

Hej! やあ!

そう言わなかった。言われなかった。取り付く島もない。黙ったまま通り過ぎて行ってしまった。彼女の一挙手一投足に無関心ではいられなくなっていたヒロ、時に希望を、時に失望を味わ っている。

 

 

 

*      *

彼女に腹を立てていた。そして自分自身に も。

口を真一文字に閉ざしたまま仕事を続けていた。うろうろする彼女は声を掛けて貰いたかったのかもしれない。が、敢えて自分にそれを許さなかった。昨晩、約一ヶ月ぶりに回復したと考えられた旧知の関係は見せかけに過ぎなかったのか。そちらがそのつもりならばこちらもだ。意地を張った。

もういい、もういい、そんなことは忘れよう。ヒロは午前中の仕事を早く終わらせてしまうことに没頭した。彼女のことは忘れることにしよう。

 

 

*      *

午前11時過ぎ、インゲラも出勤してきた。他の女の子たちも仕事に従事している。

正午過ぎ、ヒロは自分の昼食をカウンターを挟んでコックに注文し、それを食事室へと運んで行った。ノルウェー娘に出くわさないように 意識的に注意を払った。

自分ひとりだけで取る食事。蛍光灯を点けても薄暗い食事室の中。いつもなら直ぐに食べ終えてしまう。今回は意識的にゆっくりと、時間を掛けることにした。女の子たちもほどなくここにやって来るに違いない。そしてわれわれは一緒に喋り合いながら、食事を楽しく続けることができよう。ヒロは そう想像していた。

 

彼女たちは来ない。食事の方は終えようとしていた。耳を鋭敏にさせていても、階段を歩いてくる気配さえもない。

食事は終わった。

さて、これからどうしよう? 何をしよう? 夕方までは暇。

日曜日の午後、ここ、食事室に一人でいても仕方ない。

 

 

                11月6日(水)曇り、マイナス3度

外出することにした。皿とジョッキー等をテーブルの上に残したまま、着替えるために地階へと階段を降りて行った。

スウェーデンの木靴を 履いたまま、外へ、レストランの裏ドアを押して出た。

外に出た途端、冷気が襲ってきた。季節は、ここ北欧では既に冬。雪は降っていなかった。その日によって降ったり降らなかったり、気ままだ。しかし、地面、建物の屋根、木々の枝、駐車中の車 の上、と目の届く限りでは白く光っている。

どこへ行こう? 目当てはなかった。とにかく市内散歩だ。Östersund の日曜日の街中を気の向くまま歩 こう。

 

明るい午後であった。雪の所為かもしれない。冷たい空気は適度に気を張り詰めらせる。ブルージーンズに長袖、厚手のスポーツシャツ、そして木靴。凍てついているかのような街路を慎重に歩く。少々寒さを感じながらも、歩いている 。同時に周囲を観察している。寒さについては無頓着になっている。

Östersund のメインストリートStorgatanに沿って歩を進めている。両側は各種の店が軒を並べている。

日曜日は休息日、全ての店、閉店となっている。ショーウィンドウの中を覗きながら、何かそこにあるものについてお互いに話している老夫婦同士。子犬を連れてほぼ真ん中をゆっくりとこちらにむかってくるご婦人。家族一同が映画にでも行くのか、互いに喋りあいながら足早に通り過ぎて行く。

いま、ショーウィンドウに沿って歩いている。木靴の所為で背が急に高くなったかのような気分、見下ろすかのような感覚。北欧人の習慣を一時的に身に着けたかのような感覚 でもある。木靴の所為で凍て付いているかのような歩道を不注意にも滑ったりしないようにと気を配っている。

冬物のコートやら外套の展示、長靴、ブーツ、スキー。マネキン人形の羅列。花屋、スーパー、TEMPO、 DOMUS の前を通って、そしてそれから何処へと行ったか。今は覚えていない。気の向くまま、足の向くまま、店の前をそれから、それからと歩いて行く。

知り合いは一人もいない。会わない。全くの異邦人だ。ヒロの歩行を止める人には出会わない。口を閉ざしたまま、目当てもなく、ただただ石の歩道を 注意深く踏みながら歩いている。一人での散歩。

 

 

 

*      *

気付いた時には、レストランの横にやって来ていた。街を彷徨するもこれで充分だったということなのだろう。

約一時間後、レストランの同じ裏ドアを手前に引いて、中へ、奥へと入って行った。食事室へと向った。硬いベッドの上に寝転がって、夕方の時間が来るまで待とう。実際そういう風にする前から自分の行動が見通せてしまっている。

食事室の中、ラクダ色の毛布に全身包まって眠ろうと努めた。が、壁時計のモーター音が災いするのか、寝入れない。階下からは皿と皿とが触れ合う音が聞こえてくる。いつまでたっても鳴り止まない。このまま永遠に鳴り止まないのではなかろうかと絶望的な恐れさえも感じている。

どうして眠れないのか。今の自分を忘れたい。何も考えたくはない。寝入ろうと意識していた。

 

午後4時。腕時計の針が告げている。あと二時間の辛抱か。長い、と思う。こんな風に寝転がっているしか技はないのか。退屈。

いや、それを退屈と言えるのだろうか。一週間の中で、土曜日と日曜日、この二日間、ヒロにとっては家にくすぶっている必要がない。この二日間は仕事をするために家を出ることが出来る。若干の解放感に浸れる。ここに来て仕事をすることができる 。でも、今はこうして寝転がっているだけだ。待っている だけだ。

自分は一体何をしているのか。耐えている? 手も足も出せない、口も出せない。

彼女たちは休憩取らないのだろうか。皿と皿の触れ合い、擦れ合い、またはぶつかり合い、依然と鳴り止まない。いつまでもここで待っていなければならないかのようだ。 ノルウェー娘も働いているのだろう。

 

 

ああ、 眠れない。壁時計のモーター音。天窓の外、風の音。階下の床の上を木靴で歩く足音。そして彼女たちは仕事を止めようとしない。皿と皿、グラスとグラス、互いに触れ合う音は永久に聞こえてくるかのようだ。われわれとの触れ合いはどうなっているのか。 こちらの方は一時停止の状態に入っているかのようだ。

 

*       *                                                            11月7日(木)曇り

夜の仕事の時間がやっとやって来る。午後5時過ぎ、起き上がった。一度階下へ、更衣室へと行った。そして仕事場へと直行。タイムカードは午後5時15分過ぎに刻印された。

キッチンへと直接行く。夕食を皿に盛ってくれるようにコックの一人に頼む。どんな料理だったか、忘れてしまった。キッチンの入口近く、コックたちが仕事の合間に小休止する四角い 小さなテーブルに向って腰掛ける。

日曜日の早い夕食を取って仕事前の腹ごしらえ。背後では二三人のコックたちが冗談を飛ばしあいながらも余裕綽々、忙しく働いている。

一人で取る食事はいつも簡単だ。直ぐ食べ終えてしまう。でも直ぐには立ち上がらない。与えられた食事だけでは腹が満足しないときには自分でトーストを四五枚焼いて、持って来て、いわば二度目の追加的な夕食を取る場合もある。

テーブルの上の棚にその日の新聞が誰かによって買われ、読まれ、そしてさらに誰かによって読まれる のを待っているかのように無造作に置いてある。ヒロはそれを取ってみる。読めるのか。

そうこうしていているうちに、手の空いたコックの一人が休憩のコーヒーを飲むために、このテーブルの近くにやって来る。そこにある椅子に腰掛けるときもあれば、流し台、機械に寄り掛かったまま突っ立っているときもある。

ヒロはコックの方に声を掛けてみる。目を通している新聞にはある若そうな女性(スウェーデン人)の写真が載っている。

「彼女、お宅のタイプ?」

Nej」コックは否定する。

「お前のタイプか?」聞き返してきた。

「Nej. 彼女はいくつだろう?」

自分に対して質問するかのようにしながら、新聞を仔細に眺めて読み取ろうとする。34、5才か。正確な年齢は忘れてしまった。スウェーデン国首相の娘だそうだ。あるテレビ番組のドラマで主役を務めている 。

 

 

*       *

午後6時前後、時間だ。立ち上がった。夜の仕事、開始だ。山のようにつまれた食器類を台車に乗せ、洗い場入口まで引っ張ってくる。熱湯用の蛇口は全開。勢い良く熱湯が音を立てながら深い流し台の中へと 滝の如く落下する。誤って手でも入れたら、勿論火傷する。

さあ、夜の仕事が始まったのだ。彼女たちは相変わらず働き尽くめのようだ。休憩を取らないようだ。取れないほどに仕事が次から次と来るのだろう。ヒロは自分の仕事に集中した。

 

午後8時前、その晩、初めての休憩を取ろうとしていた。前掛けを外し、リンゴ水をコップに注ぎ、さらに氷の塊を三四個加えて、片手で持ち運んでくる。同時にトーストを三四枚、そして小さな皿にはオードブルを盛って、それらも持ち運んでくる。肉体労働は腹が とても空くのだ。

ヒロの休憩に合わすかのようにノルウェー娘も間食と休憩を一緒に取ろうとしている。 彼女はトーストにミルクバターをナイフで、ではなくフォークで、塗りつけながら食べている。それって変ではないのか。でも椅子には行儀良く腰掛けて食べている。いつもならぞんざいな風であるのに、珍しい。

一方、ヒロはレストラン客用にテーブル上に飾られる花瓶用の切花が貯蔵されている冷蔵庫のドアを背にしながらも、彼女とは直角の方向に腰掛けている。ヒロの横顔は彼女の正面からの顔と向かい合っている。互いに向かい合っては腰掛けない。

われわれ二人だけであった。ぎこちなさを何となく感じながらも、そんな感覚を打ち消そうとするかのように話し掛けた。

「今日は一日中、働いているみたいだね?」

彼女は頷いて同意を表す。が、何処となく疎遠な印象を与える。いや、そう感じたのかもしれない。今朝の”出来事”が念頭から離れないのかもしれない。彼女の存在を無視したかの ような態度であった。

インゲラも休憩と間食を取りに、こちらにやって来た。彼女と入れ替わるかのように、ヒロは二度目のリンゴ水を得るために席を立ち、然るべきところへと姿を消した。戻って来ては同じ椅子、同じ方向に向って腰掛ける。われわれ三人は黙ったまま。

ほぼコップ一杯に注いだ二度目のリンゴ水も一気に飲み干してしまった。それなのに顔を上に向け、コップ の縁を自分の 口に付けて、コップの底に残った液体を絞り出して飲み干すかのように、グイグイと一滴も残らず飲み干してしまった、ああ、難儀だった、と言った風にジェスチャー を続ける。と口の奥から吐き出すような ゲップ”音”が思わず出た。そんな突発音はインゲラの笑いを誘った。

そして、この時とばかりにノルウェー娘は問い掛けて来た。

「あんた、病気なの?」

「Nej」すかさず返答をする。

ノルウェー娘は相変わらず、今朝のヒロの態度に拘泥していたのか。無口のヒロを病気と見て取ったらしい。

彼女たち二人は立ち上がって、自分たちだけの仕事場へと姿を消した。

 

 

 

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