ヒッチハイクの旅を続けて行くという方針に変わりはなかったのだが、フィンランドの Inariを出発してからは歩き続けた。
それでも歩くことに慣れてきたというのか、歩くということに意義を見出し、
歩くことが心地良く感じるのでもあった。前進しているという実感。歩きながらもNord
Kappへと少しずつ近づいて行くという楽しみが一つ増えたようでもあった。
約一時間後、フィンランド家族(父親、息子、娘)が運転するバンに乗せて貰えた。お陰様で、この車一台で一気にノルウェーの Russenes
まで来ることが出来てしまった。正に高飛び。
このフィンランド家族の皆さん(奥さん、お母さんは家で留守番かな?)は Hammerfest へと向かい、そこから船に乗って海上、
Nord Kappへと行くルートを選んだそうだ。 ヒロはといえば出来るだけ近道を行きたかったし、しかも船賃が安いであろう経路を通って行こうと考えていた。
■ノルウェーに入った
Karigasniemi に来れば、もうノルウェーは目と鼻の先、フィンランドとノルウェーの国境をすぐにも越えてしまう。 そして国道96号線をぐんぐんと北上、我々の車はノルウェーのまでやって来ていた。
の市街、一時停車。お父さんと子供たちは一緒に仲良く銀行の中へと入って行った。一人残った ヒロは色々と気を回していた。何故、お父さんは地図を手にして銀行へと入って行ったのだろう?
両替か。ついでに現在地の確認でもしたかったのか。以降の道路状況でも銀行員に確認したかったのかもしれない。
そうか、ここはもうノルウェーなのだ。ノルウェーを通過中なのだ。車に乗ったまま、
車の中は未だフィンランドのつもりであったが、車の外はノルウェーになっていたことを遅ればせながらも気が付くのであった。
ノルウェーは単に通過する積もりでいた。だからノルウェー通貨は必要ないと思っていた。
フィンランド家族の皆さんはノルウェー通貨が必要なので両替に行ったのだろう。
彼等たちの行動の意味を車の中に居残ったまま、彼等たちが戻ってくるのを待っていながら、
「そうか、ここノルウェーではノルウェー通貨を得なければならないのか!」 と思いながらも車に
乗せて貰えて長時間座り続けていたこの身、車の座席に張り付いてしまったらしく、
勝手に動くことが憚れると思われた。もしかしたら自分だってノルウェーの通貨が必要かもしれないと予感したが、
何故か席を立つことをしなかった。
金縛りに会ってしまったかのようにその場にじっとしていた。
まあ、何とかなるだろう。そんな風に呑気に構えていた。彼等たちが戻ってくるまで車の中に腰掛けたままじっと待っていた。
を出発してからは雨が降り出した。対向車線からやって来る車は見るが、
こちらか行こうとしている車はこれ一台だけのようだ。我々の前方にも後方にも車が走っている気配が見られない。 こんな所で途中下車しても車は容易に見つけられないであろうことが想像される。一層のこと、彼等達と一緒に
Hammerfest まで行ってしまおうか、と自分なりに迷っていた。
ノルウェーの海岸風景が大規模に展開する。雄大だ。こんな景色、 見たこともない。前方の空は気持ちを明るくするような青さが望まれる。 そこだけがきれいに晴れ渡っている。後や左右の空は希望を失わせる。
Kistrand を過ぎ、 とうとう国道95号線の入り口に着く。Russenes だ。 フィンランドからやって来た車はいま、停車中。勿論、エンジンは掛かったまま。
下車して一人で歩いて行かなければならない時がやって来たのだ。
「私たちと一緒にこのまま行きませんか?」
そんな言葉がヒロに向かって発せられるのを内心期待していた。
「私たちはこちらの方向へと進んで行かなければならないの」
娘さんが英語で言っている。
その言葉が理解出来なかったわけではない。恰も意味が良く取れなかったといった風にそこにそのまま座ったまま。
長時間、車の中に一緒にいた。故に離れがたい思いに浸っていたために腰を浮かすことが出来ず、 なぜか即座には動けなくなってしまった。
早く下車しなければならない。待っているのだから。そう、実は、それは分かっていた。
その時が今、やって来た、いま現実に来ている。でも下車したくはない、このまま一緒に乗せて行って貰いたいという気持ち、
声には出さず以心伝心とでもいうのか、この気持ちが伝わって行かないものかと内心希望した。が、どうも分かって貰えそうもない。
ヒロはそんな反応が戻ってくるのをちょっと待ってみたが、望みどおりの誘いはなかった。
フィンランド家族の人たちにとっては当然であろう。約束通りに乗せてきて貰ったのだから。
■フィンランド家族と別れた
車の中から外を見上げると、雨はもう止んでいた。濡れずにすむ。一人で歩いて行かなければならない。ただ天候がまだ心配。
車から降りた。お礼を言った。何だか意志疎通が噛み合わないような気まずそうな別れ際であった。
車は去って行った。車の中ではヒロのことをうわさしていたことだろう。変な人ね、と。
Nord
Kappへと通じる海岸線沿いの道路、車の台数は数えるほどだが、この道を走って行く。
ヒッチハイクのチャンスは少なからずありそうだ。海が近くにというか遠くにと言うか、視点、焦点が定まらない、
距離感覚がノルウェーの海岸が見えるところに来て狂ってしまったように思える。とにかく海が見える。
それにしても、外は寒い。車の中は温かかったが、外に立った途端、寒さがいっぺんに襲ってきた。
リュックから引っ張り出して、半ズボンからジーパンに履き替えた。
後を振り返った。雄大な湾の眺めだ。圧倒されそうだ。眩暈を催しそうだ。大自然。
スカンディナビアの大自然。暫し眺め続けていた。今までこの目で見たこともない
自然の力が覆いかぶさるように襲い掛かってくるかのようだ。荒削りの自然の中にいる自分、
一人旅の自分、曇天下における心細さを忘れるのであった。
■ノルウェーでの旅が始まった
Nord Kappへと進んで行くために、ヒッチしなければならない。少しずつ歩きながらも、 車が来る度にサインを出す。サインを出すが、車はどれもこれも通過。
歩いていると、行く手前方にもう一人、同じヒッチハイカーを見出す。彼もサインを送っている。彼も車を捕まえるのに苦労しているようだ。
ドイツ人だった。フィンランド経由で母国へと帰りたいが、その前にNord
Kappに行くのだ、と。行き先は同じだ。暫し喋り合ってから、
ヒロ一人、先へと歩いて行く。これでヒッチハイカー同士の距離も十分だろうと考え、立ち止まり、
その新しい場所で再びヒッチの開始である。しかし、車は止まらず、歩いて行くことに専念し始める。
乗れなければ歩いて行くだけだ。自分の力で進んで行こう。
の村を過ぎる。小雨が降ってきた。傘を差す。
もう何となく体全体が疲れてしまったみたいだ。今、何時頃だろう。夕方になりつつあった。
雨宿りも兼ねられる寝場所を探さなければならない。沿道には家がぽつん、ぽつんと寂しそうに建っている。が、誰も中には居ないみたいだ。そして人間の姿が見られない。静かだ。気味悪いほど静かだ。
ようやく道路沿道から一段下へと降りてゆく。スクラップ気味のトラックの運転席に寝場所を見出した。今晩はここで寝よう。
腕時計を見ると、午後7時(フィンランド時間)、
実はここはノルウェーだから、午後6時ということになろう。一応夕食らしきパンを象徴的にも食べ、寝袋の中に両足を屈めるようにして寝ころんだ。
時々、目を覚ましては天上に目を遣ると、明るい。眠っていたのだろうか、腕時計に目を遣ると、 午前2時頃だ。Midnight
Sun、白夜だ。